ドイツで「ヒプノセラピー出産」体験記⑤|金明希さん

※本記事は「ヒプノセラピー出産体験記④」の続きになります。


 

出産当日

そして「波」はいよいよ大きくなり、ただでさえ臨月で重いお腹が、今にも破裂しそうな状態になった。しゃがむのも、立ち上がるのも、ちょっとした動作すら歯を食いしばって行うような感じで、お手洗いに行くのも「人生最大のピンチ」レベルの一苦労になった。

 

「波」が続いている間、ひたすら深呼吸して体を緩めようとした。だけど、その時に分娩室で教わった呼吸法は、「波」が来たら、思いっきり息を吸い、ぱぱぱぱぱぱと声に出し、最後にふう、と肩の力を抜きながら息を吐くというもの。この時点で、ヒプノセラピー講座で習った呼吸と異なることに動揺したものの、助産師の先生が一緒に呼吸をしてくれたので、ちょっとだけ安心した。

 

「波」は、更に強大になり、同時に呼吸で消費するエネルギー量も増えていった。脱力が、ますます難しくなっているのを実感した。あれだけ催眠状態に入る練習をしたのに、お腹から火山が噴火するかの如く、痛みが押し寄せてくる。最初は分娩台につかまり、次は分娩台の上で、とずっと色々な体制を試していった。それでも、出産前の母親教室で色々な体位を習ったのに、いざ当日になると自分がどの体位が良いのか全く分からない。ただ、モニターに表示されている赤ちゃんの心拍数が常に安定していたことには、救われた。

 

穏やかなお産を目指していた私だったけれど、気が付けば「波」が来る度に、オペラ歌手並みに叫んでいた。産婦人科長と思われる先生が分娩室の巡回する時に扉が開き、他の分娩室から同じような叫び声が聞こえて、「やっぱり、皆叫ぶんだ?」と思ったのも覚えてる。そして、立ち会ってくれたパートナーの腕を、「波」が来る度に渾身の力で掴んでしがみついた。(実は皮膚が一部赤くなったり、私の爪が食い込んでいたことが判明したので出産後に謝罪した。そういえば、爪も切り忘れていた。出産を予定している方は、ぜひとも忘れずに!) 朝ごはんを食べる暇も無かったため、パートナーが持ってきたバナナとチョコチップクッキー2枚を小分けにして食べさせてくれ、水も飲ませてくれた(でも本当に食べたかったのは、塩が入ったおにぎり……)。

 

分娩室に入ってから何時間か過ぎ、次第に「いつまで続くか分からない」という状況が一種の恐怖になりつつあった。小学生の時に見た「ハリーポッターと賢者と石」という映画の中では、主人公の親友であるロンが植物か何かに絡まってしまい、身動きが取れなくなる場面がある。ハーマイオニーが「抜け出すにはリラックスして」というのだけど、ロンは上手くリラックスできず、ますます絡まっていく、というところで、なんでロンは脱力できないんだ、と当時の私は心底馬鹿にしていた。だけど、難しい時は本当に難しい!こんなにも「波」が続くのなら、無痛分娩でも良いかも、という思いすら頭をよぎった。とはいえ、もし無痛にならなかったら?麻酔のかかるタイミングがずれたら?と思うと、それも怖くてできない。恐怖に飲み込まれそうになりながら、一方で、噴火しそうなくらい莫大なエネルギーがお腹から出てくる、というのは何とも不思議で、生物の仕組みに感動を覚えたりもしていた。

 

そして、赤ちゃんが生まれてくる直前の段階に近づいて来たことが、自分でも感じられるようになった。それまで「波」を鎮めることだけで、ヘトヘトになっていたけれど、赤ちゃんが少しずつ下りてきていることが分かる。気が付けば、「いきむ」段階に来ていた。ヒプノセラピー講座で習った、イメージトレーニングを実践する時だ。妊娠中は、子宮口が開く時に、華麗な花が開くような場面をイメージしていたけど、突如頭に浮かんだのは、動画のテロップ。なぜか、初産にもかかわらず、「出産の達人」という文字が舞い降りてきたのだった。これには自分も驚いた。達人という言葉は、どうやら魔法のような効果があるらしい。あたかも自分が出産の達人になったような気持ちで集中し、赤ちゃんが更に降りてくるのをイメージしながら力んだ。初めて、産婦人科チームに「素晴らしい!」と何度も言われた。私も、赤ちゃんがゆっくりだけど確実に外に出て行ってるのが感じられた。ヒプノセラピーで練習した呼吸法を感じた瞬間だった。

 

ところが褒められているのに、途中から何だか引っかかっているような感覚を覚えた。産婦人科のチームも、最初に「頭が見えた!」「黒髪が見えた」と言うのに、赤ちゃんが出てこない。その「素晴らしい!」という声も心なしか小さくなっていく。産婦人科部長と思われる先生が、モニターで確認し、赤ちゃんは逆子では無く、頭の位置は下にあることを確認。だけど、通常赤ちゃんは下を向いて産道を通るところ、上を向いてしまっているため、頭が骨盤で引っかかってしまったらしい。道理で出てこない訳だ。

 

モニターと赤ちゃんの頭を交互に見ていた先生が、会陰切開をやりましょう、と提案。そして「それが難しいなら帝王切開か……」と言い、帝王切開という言葉を聞いて震え上がりそうになった。私自身がこの世に帝王切開で生まれているけれど、どうしても恐怖が拭えなかった。でも、赤ちゃんが引っかかっている以上、何らかの措置は必須だ。しばらくして、会陰切開のための麻酔の注射をした。それ自体の痛みはあったものの、陣痛に比べたら全然可愛いレベルだ。「切開」の瞬間は、分からなかった。

 

しばらくすると、先生が吸引器を取り出すのが見え、引っ張り始めた。骨盤に引っかかっている赤ちゃんを引っ張り出す瞬間は、その痛みが、あと2、3秒長く続いていたら、気絶していたかもしれないと思うほどの、激痛だった。そして、すぽっと赤ちゃんが外に引っ張り出された。さっきまで子宮の中にいた赤ちゃんは、まず外の世界に驚いた表情を見せ、おぎゃあと泣いた。ほんのりピンク色の、桜餅のような色をした巨大な赤ちゃんだった。10カ月間(ドイツでは9か月と言う)、同じ体を共有していた小さな同居人が、今ここにいる。やっと会えたという喜びと、もうすでに、人間としての姿形が完成している同居人が目の前にいるという驚きと、疲労で私も涙を流しながら、赤ちゃんを抱きしめる。小さな頭を、精一杯優しくなでる。

 

分娩室に入り、約7時間。あんなに膨らんでいたお腹が小さくなっている。胎盤が取り出され、さらに自分の身体の体積が小さくなり、体が軽くなった(赤ちゃんは4010グラムだったので、出産では、胎盤なども合わせて6キロくらい体重が減っていたらしい)。この世に人を誕生させるほどの大仕事は、産婦人科のチームの集中力、熱意、そして何よりも彼らの励ましのおかげで、成し遂げられたのだった。涙でぐしゃぐしゃになりながら、お産を担当してくれた産婦人科の先生と看護師さん皆に「ありがとう」と伝えた。

 


写真・文/金 明希 (きむ みょんひ)
1991年東京生まれ。

出版社、翻訳会社の勤務を経て、2018年よりドイツ在住。
Instagram: @mion_91k

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