ドイツで「ヒプノセラピー出産」体験記③|金明希さん

※本記事は「ヒプノセラピー出産体験記②」の続きになります。


 

ついに、ヒプノセラピーの練習開始

ドイツにも春が到来した4月、ついに胎動が始まった。自分の意志とは別にお腹がポコポコと動く、というのは、まるで自分の身体の中で魚が泳いでいるような、なんとも不思議な感覚だった。その頃、ドイツの某有名オーガニックコスメの妊婦向けの製品のカタログを見ていたら、「赤ちゃんは同居人」という表現を見つけたのを覚えてる。2つの命が同じ体に「同居」する、というのは何とも新鮮な響きを放っていた。

 

まだ一人暮らしをしていた私は、パートナーと一緒に暮らすための引っ越しが重なったこともあり、ヒプノセラピー講座の申し込み自体は3月にしたものの、出産予定日を3か月後に控えた、5月後半にようやく彼女のオンライン講座を聞き始めた。まず、ユニークだなと思ったのは、出産に関しての言葉の使い方。陣痛を「波」 (そもそも、この会社のロゴも波をモチーフにしたものだとか)、帝王切開を「お腹の出産」とこの講座では表現する。なるほど、これはすごくいい。私は妊娠中、びっくりするくらい不安定になって、すぐに泣き、すぐに悲しくなり、を繰り返していた。毎日ジェットコースターのように感情が揺れ動き、過去の嫌なことを思い出し、その記憶が簡単に消えず、悲しみに引きずられやすくなっていった。だから、頻繁に使う重要単語こそ、少しでも前向きになる単語を選ぶべきなのだ。ちなみに、一度パートナーに泣きながら「ホルモンですぐ泣いちゃうんだ」と言ったら、帰ってきた言葉は、「妊娠する前から、そうだったよ!」。あれ?

 

このオンライン講座は、最初に「知識」を習って、「実戦練習」に入る。目標は、可能な限り「落ち着いていて、集中していて、でも体はリラックスしている」状態で出産に臨むこと。そのために、「催眠」状態を目指していくけれど、全員がよーいドンで入れるものではないし、妊婦の数だけ、「入り方」も「状態」もある。だから、脱力してその状態に入りやすくするための方法やヒントを練習して、少しずつ体を慣らしていく。練習自体も、普段の催眠、出産中、出産後、特別な状況と大学受験用の教材並みに細分化されていた。

 

まず、呼吸を通して催眠状態に「入る」ための練習が始まった。私は、映画「となりのトトロ」で、メイが不思議な道を見つけた場面を想像して、更に初夏のみずみずしい草花の香りを思い出すようにして、「催眠状態」に「入り込む」訓練をし始めた。そして「催眠状態」では自分が心地よいと思える場面を思い描き、いつでもどこでもその場面に「浸る」ことができるようにする。テーマは何でも良い。ということで、ディズニーが好きな私は、自分がアラジンの魔法の絨毯で世界中を旅している「催眠状態の世界」を想像をしてみた。世界の景色を楽しんだり、淡い色の空を見上げたり・・・もう自分自身の世界を創り上げたといってもいい。そして、そこで深呼吸をしてみると、ただ心地よい時間だった。だけど、妊娠中というのはとにかく眠気に襲われ、いつでもどこでも寝られるような状態だったので、正直瞑想しているのか、半分寝ているのか自分でも良く分からなかった。それでも、自分のお気に入りの場面に身を入れる練習というのは、精神的に良い。出産関係なく良いかも、と思って布団に入る時にもこの練習をすることもあった。

 

次の練習は、実際の「波」が来た時用だった。

①「波」が来る前は、自分が催眠状態で安全な場所にいるような想像をする。

②「波」が来ている間は、子宮口が開いていく想像をする。例えば、舞台の幕が開く瞬間や、花の蕾(つぼみ)が開く瞬間のイメージなど、特定のイメージを持つようにする。

 

私は、色鮮やかな黄色の薔薇が開いていく場面を想像し始めた。クリスティンさんによると、「想像力は、筋肉に働きかける」。理論自体は、整体・ストレッチの世界ではよく出てくる表現なので、聞き覚えがあったけど、それが実際の出産でどんな風になるのか、想像力と赤ちゃんが一体どんなふうに化学反応を起こすのか、ドキドキするようになっていった。

 

日照時間が長くなり、気温も上がっていった6月、YouTubeで安産ヨガも検索し始めた。そこで見つけたのは、花輪のポーズと言われるもので、いわゆるヤンキー座りに近いポーズ。そもそも「ヤンキー座りは名前はアレだけど、骨盤周りの筋肉を鍛えるのに良いから、正直皆におすすめしたい」と前テレビでお医者さんが言ってたことを思いだし、毎日ヤンキー座りで歯を磨く習慣を始めた。たった数十秒でも、歯をすすぐ頃には、下半身の筋肉をまんべんなく使った気持ち良さ。正直、「安産」というキーワードが「ヤンキー」に行きついたのは予想外(!)ではあったけど、ヒプノセラピーにこのポーズを追加することで、確実に「安らかなお産」に一歩駒を進めている気がした。

 

有難いことに、お腹の中の赤ちゃんはずっと順調に育っていた。毎月の産婦人科検診で言われたことは、「赤ちゃんは順調に育ってます」。だけど夏が始まるにつれて、今度は暑さゆえに悪阻の倦怠感が戻ってきた。もちろん、湿度の高い日本と比較したら、夕方は一気に涼しくなるドイツの夏は天国のよう。それでも、2人分の生命活動を一人でやるって、こんなにもエネルギーが奪われるのか、と思うくらい体がとにかく重い。そして、気が付けば17キロほど体重が増えていた。私は妊娠する前、バレエやK-POPを踊りまくってあんまり太らなかったの~!と出産後に自慢する未来を想定していたから、鏡を見る度に、どんどん丸くなる顔と脚にショックを受けた。

 

そして、暑さゆえに一日に集中できる時間が更に限られるようになった。朝起きて少しヨガをしても、終わった瞬間から気持ち悪くなり、ベッドで寝始める、というような生活になった。とにかくだるく、朝食の食器洗いが16時になる日もあった。そのうちに、少しずつ気が付いていった。このオンライン講座は全て受講できないな、と。そして引っ越しで忙しく、悪阻がまだまだ辛かったとはいえ、オンライン講座を一日でも早く始めなかったことを、私は心の底から後悔するようになる。

 

予定日の2週間前から、私は少しずつ緊張し始めた。この5分後には陣痛が来るかもしれない。お手洗いに行くたびに、これは破水なのかも、と緊張した。一方、予定日の8月末に近づくにつれて、日中の暑さには体は更にやられていった。夜には涼しくなるドイツだけど、これでは出産当日まで体力が維持できるのか、不安が日に日に増してきた。出産予定日の3週間後に赤ちゃんが生まれたため、家族全員の予定が全て狂った、とネットで読んだこともある。もうそろそろ生まれて欲しい、そう思った私は、8月28日にYouTubeで陣痛を促すヨガというものを見つけてやってみた。こんなに脚の筋肉を隅々まで動かした感じがするのは久しぶりだな、明日は全身が筋肉痛だな、そう思いながら布団に入った。そして、翌日朝4時に陣痛で目が覚めたのだった。

 

※本記事はPR記事ではございません。


ライター/金 明希 (きむ みょんひ)
東京生まれ。現在ドイツ在住。ダンス、旅、読書、映画が好き。
Instagram @mion_91k

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