インカの伝統食に学ぶ未来のライフスタイル

2022-05-12

無類のスーパーフード好きでもある本誌編集長・吉良さおりが、インカインチを日本に広めた立役者であるアルコイリスの大橋則久さんにインタビュー。インカインチが世界的に知られるようになったきっかけや生産地のお話を伺いました。

左）NPO法人アルコイリス代表理事大橋則久さん　右）雑誌『veggy』編集長吉良さおり

吉良：私がインカインチのことを初めて知ったのは確か2013年頃に起きたスーパーフードブームの時だったように思います。ペルーでは昔からずっと食べられてきたものなのでしょうか。

大橋：インカインチは16世紀にスペイン人がペルーにやってくるずっと前の時代から、食だけでなく様々な形で人々の生活に役立てられており、それを証明する文献もあるのですが、スペイン統治下で食べられることもなくなり、しばらくは現地の人もインカインチという名前を知らないほど遠い存在になっていました。

吉良：ペルー国内でも認知されていない時代があったなんて驚きです。それが今や北米やヨーロッパ、そして日本でもスーパーフードとして広く知られるようになったのには何かきっかけがあったのでしょうか。

大橋：代表的な出来事としては、サチャインチの種実からとれる「インカインチオイル」が2004年にフランスで開催された国際食用油コンクールで金賞を受賞したことですね。ここからインカインチオイルは世界市場に出回るようになり、それに続き、様々なメーカーのサチャインチオイルが市場に登場するようになりました。

その背景にはホセ・アナヤ博士という一人の男性の活躍がありました。海岸地帯や砂漠、アンデス山脈、アマゾンと、多様な環境を有するペルーには約4万もの有用植物が自生すると言われているのですが、その一つであったインカインチを再発見し、製品化のために農業、加工、研究、市場開発に取り組んだのがアナヤ博士です。アマゾン流域はインフラが整備されていないので、それはもうたくさんの困難がありました。私はというと、2005年に遡りますが商社に勤めていたころ友人が仕事で携わっていたペルーの文化や植物に興味を持ち、ペルーで何かできることがないか探していた時にアナヤ博士と出会い、彼のプロジェクトに参加しました。アナヤ博士の熱意や生産方法へのこだわりに共感し、インカインチの普及と産業化を目指して活動するためのNPOを設立しました。

ホセ・アナヤ博士

インカインチのアグロフォレストリー農場

吉良：私自身日頃から摂る油にはかなり気をつけているのですが、インカインチオイルはプラントベースの食生活では欠かせないオメガ3系のオイルですし、オメガ6との含有バランスも良く本当に優れたオイルであると感じます。アナヤ博士がインカインチの素晴らしさに目をつけたのには、先人の智慧や現地で古来から伝えられてきた何かがあったのでしょうね。オイルはもちろん良いけれど、私はインカインチプロテインをチョコレートに入れて食べることも多いです。

大橋：インカインチはやはりオイルが有名なのですが、実はタンパク源としても非常に優れた食材で、粉末状のインカインチプロテインは、風味の似たきな粉と比較しても約2.5倍のタンパク質が含まれています(※)。これはインカインチから油を搾ったあとに残る「トルタ」と呼ばれるおから状のタンパクで、トルタが取れるようになったことで私たちは生産地域の子どもたちの栄養改善に役立つ料理レシピの開発や、学校での料理教室、栄養セミナーなども実施してきました。

吉良：インカインチの産業化が生産地域の人々の健康にも繋がっていたのですね。他にもペルーで社会的な活動を行われてきたのでしょうか。

大橋：事業を始めた当初から、ただ商品を輸入販売するだけではなく、生産者をサポートし、持続可能な地域開発に繋がることがしたいと思っていました。インカインチを生産するにあたり、通常であれば農地の確保のためにアマゾンの森林を焼き払うのですが、私たちは現地の大学やJICAの専門家と協働し、自然豊かなアマゾンを未来に残すためにも、森を焼いたり伐採せずに樹間で農業を行う「アグロフォレストリー」を取り入れた独自の栽培技術を開発し、インカインチを生産してきました。インカインチの農場ができたことで働き口が増え、私たちが事業を始める前と比較して収入が4倍になったという農家さんもいらっしゃいました。

吉良：アマゾンの自然を守りながら地域の生活環境も向上させるなど、生産地域に根ざした活動をされていて素晴らしいですね。とくにアマゾンは農業や畜産業による森林伐採の問題が度々報じられていますが、環境に配慮し生産されているこのインカインチオイルやプロテインを買うことが、アマゾンの森林を守り、地域社会の貢献にも繋がっていることを知ると、安心して購入することができます。私たち消費者は商品の背景まで知った上で買い物をすることが大切なんだと改めて感じました。

※（財）食品分析センターSUNATEC、日本食品標準成分表2015年版（七訂）