世界のVeggy Peopleに聞く、食とライフスタイル — デーヴ・ストリンガー(2)

インドに古くから伝わるヨガの練習のひとつで、マントラを唱え、それを唱え返すようにして行う合唱、キルタン。「歌う瞑想」とも呼ばれるその音楽は今、ヨガの世界を超えて世界中で楽しまれています。そんなキルタン・ムーブメントの中心的存在であるデーヴ・ストリンガーにお話を聞いてきました。

デーヴ・ストリンガー Dave Stringer

世界的に広まっている新しいキルタン・ムーブメントの中でも最も革新的なアーティスト。2000年より、北米、欧州、アジアを継続的にツアーし、キルタンのファンを広げる。2011年10月、東京でキルタンのパフォーマンスやワークショップを行う予定。詳しい情報はhttp://davestringer.com/まで。

Kirtan in Yoga
ヨガにおけるキルタン

キルタンはヨガにおいても重要な役割を担っているよ。現代のヨガのムーブメントが始まる前は、ヨガとは主にチャンティングと瞑想によって構成されていて、ヨガの哲学は歌われることで学ばれていたんだ。

ヨガにおけるアサナ(注5)と、単なる運動の違いのひとつが、呼吸に対する意識だ。動きながら意識的に呼吸をすることで、運動とは異なる体験ができる。これが俗にいうヨガにおける呼吸法だよ。そして歌うことも呼吸法のひとつと言える。歌うためには呼吸を整え、完全に意識する必要がある。そしてそうすることによって、アサナであってもキルタンであっても、神経物質状態が変わるんだ。歌うという行為は自然にこれをもたらしてくれるだけでなく、喜びに満ちた要素がそこに加わり、結果的に至福をもたらしてくれる科学的物質アナンドアミド(アナンダはサンスクリット語で「至福」を意味する)が脳内からあふれ出るようになる。

僕は、キルタンには僕たちがそれぞれ抱える課題に光を灯す力があると思っている。歌っている

と、突然いろいろなことが意識に現れ、個人的な問題が鮮明に見えたりしてくる。この過程を受け入れることで、自分の中で抑え込んでいたものが解放できたりするんだ。不必要なものを取り除き、抑制しているものを手放すための手法になるんだよ。これは僕たちの感情を司る神経系にも働きかけるため、精神的なマッサージを受けている感覚に近いんじゃないかな。ある意味、キルタンは心のためのアサナのようなもの。強く柔軟になりたければ、鍛えなくてはならないんだ。

From Vegetarianism, to Awareness, to Conscious Eating
ベジタリアンから気づき、そして意識的な食生活へ

チャンティングを始めたころは、ベジタリアンのアシュラムで生活していたよ。毎日ヨガをしてチャンティングすることで、自然に動物性のものを消費することに興味が無くなっていったという感じかな。同時にすべてがつながりあっていることに対する意識が高まり、自分の存在と選択が周りのすべてに影響を与えていることにも気がついたよ。

僕は未だに基本的にはベジタリアンだし、ベジタリアンの食事が入手できるのであれば、この食生活で十分。でも、世界中を旅しているので、時には形はどうであれ、その土地に対する寛容さやオープンな精神を受け入れなければならない状況もあったりする。そんな時は与えられた食べ物を、愛情のこもった捧げものとして受けとめるんだ。

これこそが、ヨガが教えてくれることだと思う。「自分なりの主義主張はありつつも、時には自分の規範を超えたところで行動を修正する必要もある」。それを知っておくことだね。例えば、強いイデオロギーだけで立ち向かうよりも、思いやりを持って寛大に人に接する方が結果的に良かったりする。例え自分自身は一度たりとも動物性製品に触れたことがなかったとしても、それを広げようとす

るときには、相手に動物性製品を完全に諦めるよう指図するよりも、食べる量を減らすように求めた方がきっかけになりやすかったりするしね。

そして肉を食べるならば、そのときは深い敬意と尊敬の念を持って、意図的に食べる必要があると思うんだ。そうすると肉を食べる行為はごく稀になっていくし、謙虚さと感謝の気持ちにあふれた状態で食事をとるようになっていくと思う。食に対する考え方をこんな風に少し変える、それだけでも、とてつもなくパワフルになれるはずだよ。

Taking Small Steps Forward
一歩ずつ前に進むということ

10代のころ医師の父親がベジタリアンの食生活の利点に興味を持って、ある日突然、僕たち一家はベジタリアンになったんだよね。おもしろかったし、嫌いではなかったけど、周りの人の意見に左右されやすい年齢だったし、受け入れ難かったこともあるよ。

誰でも人生において何かを変えるためには、段階的に行う必要があるよね。物事をそれまでとは全く違う角度から見るためには、協力的な環境で良い体験をしながら、色々試してみる必要があるんだ。

ベジタリアンのことでいったら、ベジタリアンが増えるほど、もっと多くの人が楽にそのライフスタイルを送れるようになる。だからベジタリアンが増えるということは大切なことなんだ。でも、それを促すのが辛辣で批判的な手法では効果はないよ。なぜなら、人々が自分自身の意思でなりたいと思わなければならないから。ある意味宗教と似ているよね。宗教を人々に強制したとき、それはリアルなものでなくなってしまう。自由に選ばれたときにのみ通用するもの、というのがいくつかあるけれど、これもそのひとつなんだ。

だから僕たちがしなければならない重要なことは、ベジタリアンとしてのいい体験を人々に提供すること。そして本当に美味しいベジタリアン料理を作ることに専念し、ベジタリアンの倫理について隠さず語り合うこと。それに僕たち一人ひとりが世界に与えている影響を深く考えることも大切だよね。こうすることで、他の人たちが自ら気づくきっかけを与えることができるし、より多くの人々が賛同するようになれば、ベジタリアンのライフスタイルを維持することもより簡単になってくる。これもヨガから学んだことだよ。批判するのではなく、試み続けること。どんなに長い道のりであったとしても、何でも小さな一歩から一つひとつ歩き出す必要があることを忘れてはならないと思っているんだ。

注5【アサナ】サンスクリット語で「座る体位」や「安定した座」を意味する。ヨガにおいては、ポーズという意味で使われる。

Interviewer & Text

堀江里子/Satoko Horie
パリ生まれの日本人。パラインパクト/ヨガジャヤのマネージングディレクター。世界各国を旅し、土着の文化に溶け込むことを楽しむ家族の元で、国際人として育てられる。南極以外の大陸をすべて旅した彼女は、未だ見ぬ土地や人々に接し、全く新しいモノの見方を発見することを愛してやまない。常に新しい領域や限界にチャレンジする人生の探求者としての日々を満喫している。

雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.15より抜粋

世界のVeggy Peopleに聞く、食とライフスタイル — デーヴ・ストリンガー(1)

インドに古くから伝わるヨガの練習のひとつで、マントラを唱え、それを唱え返すようにして行う合唱、キルタン。「歌う瞑想」とも呼ばれるその音楽は今、ヨガの世界を超えて世界中で楽しまれています。そんなキルタン・ムーブメントの中心的存在であるデーヴ・ストリンガーにお話を聞いてきました。

デーヴ・ストリンガー Dave Stringer
世界的に広まっている新しいキルタン・ムーブメントの中でも最も革新的なアーティスト。2000年より、北米、欧州、アジアを継続的にツアーし、キルタンのファンを広げる。2011年10月、東京でキルタンのパフォーマンスやワークショップを行う予定。詳しい情報はhttp://davestringer.com/まで。

The Kirtan Experience

キルタンという体験

僕とキルタンとの出会いは予想外のものだったよ。当時、僕はテレビコマーシャル、ミュージックビデオなんかを編集しながら、スピリチュアルな世界には特に関心も持たずにロサンゼルスで生活をしていたんだ。それでいて、スピリチュアルな組織に雇われて、インドに行って映像を撮る仕事を任された。それまでになく奇妙な仕事のオファーだったけれど、お金も仕事もなく、インドに行ったこともなかった僕には断る理由が見つからなかったんだよね。

行ったとたん、何の知識も持たないうちにアシュラム(注1)でキルタンを紹介された。良かったのは、何かの信仰を持つようにとは求められず、ただ単純に体験に参加してくれと誘われたこと。何かしらスピリチュアルなことに関わろうとすると、独断的であることが多かったから、僕はこのアプローチが好きだったよ。そこではむしろ、「信じなくていいから、ただチャンティング(注2)して。その体験が何をもたらしてくれるかを見てみなよ」っていう感じだったし、興味をそそられたんだ。

サンスクリット語のマントラ(注3)を歌うんだけど、最初は意味不明に思えたよ。でも、一見、意味不明なものを唱えているうちに、いとも簡単に自分の心が静かになることに気がつくようになったんだ。ただ歌う。それだけで、とても簡単に「今この瞬間」という一瞬に自分を引き戻すことができて、リラックスしつつも不思議なわくわく感を感じる境地に入り込める。だから、もっとチャンティングしたいと思ったし、結果的にアシュラムで生活していた2年間、これを学ぶことになったんだ。

ロサンゼルスにようやく戻った時は、ヨガムーブメントが始まりだしたばかりで、僕も他のヨガの先生と共に、いくつかの刑務所でチャンティングや瞑想を教える社会奉仕活動をするようになった。とてもパワフルな体験だったよ。スピリチュアルな考え方を明確に伝える方法を学んだし、自分の体験から話をすることで、まったく異なる生き方をしてきた人々とわかりあえることができたんだ。

同じタイミングで、いくつかのヨガスタジオが僕を招待し始め、人が集まるようになっていった。気がついたら自分のCDをリリースするまでになって、アメリカ中で演奏していたんだ。それからヨーロッパ、オーストラリアと世界への扉が開いていった。そしてあらゆる場所にネットワークを持つ人々と色々な国々で出会うことができた。物事がどれほど素早いペースで進み、皆がどれほど互いにつながりあっているかを象徴しているよね。

Kirtan as Art
アートとしてのキルタン

キルタンはもともと、スピリチュアルなものを大衆に戻そうという15世紀インドのバクティ(注4)・ムーブメントから来ているんだ。当時、ヨガにおける「神聖な真実」は誰の中にも平等に存在するという考え方があるのにもかかわらず、その真実が特定の人々に限定されていたという矛盾が生まれていた。「ヨガとは皆のものである」という本来のメッセージを伝えることを目的にバクティが生み出され、キルタンはインド全域に広まっていったんだ。

キルタンはアシュラムやヒンズー教と関連づけられていることが多いけど、それはちょっと違うかな。ヨガは組織化された宗教や孤立したアイデンティティーを超越した場所へと僕たちを導いてくれるものだからね。キルタンの精神は、常に誰もが平等となれる境地を明確にすることにあり続けてきた。でも残念ながらバクティ・ムーブメントを西洋に広げて行った人々の多くはキルタンを宗教的なものとして体験したこともあって、キルタンにカルト的なイメージが与えられてしまいがちなんだよね。

僕自身の体験と視点は、宗教を超えたところにあるから、宗教的であることには抵抗してきたんだ。これはきっと、何もキルタンについて知らなかったのにもかかわらず、僕自身が深い体験をしたからだと思う。だから僕はキルタンとは別次元の世界へと僕たちを目覚めさせ、刺激し、挑発するアートのようなものだと捉えているんだ。古典的な芸術であれば受け身で見聞きするけれど、キルタンは見聞きしている者を直に参加させ、体験させながら引き込んでいく。まさに現代アートと言えるよね。

キルタンのコンサートで初来日する際は、美術館でイベントをしようと計画している。これはとても意義深いことだと思う。美術館は恍惚と驚きの寺院でありながら、独断的な考え方やイデオロギーに縛られていない。これこそヨガの教えだと思うから。だからキルタンが宗教か、と聞かれれば、そうじゃないと答えるんだ。むしろアートであり科学であり、それ故にとてつもなく現代的なんだよ。

(2)へ続く

注1【アシュラム】元々は、インドのヒンズー教の修行道場。現代では、ヨガを学ぶための道場や僧院のことを指すことが多い。

注2【チャンティング】いくつかの音程やリズム、節を持って祈りを捧げること。ヨガにおいては個人、もしくはグループでマントラを唱える。メロディーをつけて歌うようにすることも。

注3【マントラ】サンスクリット語で「文字」や「言葉」を意味し、日本語では「真言」と訳される。祈りや瞑想の際に唱えられる、インドのヴェーダ聖典からの言葉。ヨガの練習においても唱えられている。

注4【バクティ】献身、絶対的な信愛。自己の感情や行動、思考などの全てを聖なる存在に捧げること。

Interviewer & Text

堀江里子/Satoko Horie
パリ生まれの日本人。パラインパクト/ヨガジャヤのマネージングディレクター。世界各国を旅し、土着の文化に溶け込むことを楽しむ家族の元で、国際人として育てられる。南極以外の大陸をすべて旅した彼女は、未だ見ぬ土地や人々に接し、全く新しいモノの見方を発見することを愛してやまない。常に新しい領域や限界にチャレンジする人生の探求者としての日々を満喫している。

雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.15より抜粋

 

 

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