世界的脳科学者・茂木健一郎氏に聞く!
マインドフルネスのススメ
今は亡きスティーブ・ジョブズが禅の影響から瞑想を取り入れたり、
そうそうたる大企業や著名人、アスリートなどが取り入れている
マインドフルネスについて、脳科学者という視点からのお話を伺いました。
茂木健一郎
脳科学者、作家、ブロードキャスター。クオリアを研究。『脳とクオリア』『生きて死ぬ私』『脳と仮想』『プロセス・アイ』『今、ここからすべての場所へ』『東京藝大物語』など著書多数。
科学とは何かの実用的な目的のために研究するものではなく、
あくまでも真理の追求です!
それが結果としてマインドフルネスのように
生活に応用可能な概念と繋がることがあるかもしれませんが、
それ自体が科学の一番の目的ではありません!
——現在の世界的なマインドフルネス・ブームについてどう感じていますか?
現在、人工知能がここまで発達してしまうと、いわゆる論理的に考えたり、単に物事を記憶するという記憶力に関しては、人間はもはやロボット(機械)にはかなわないということが広く認識として共有されていると思います。そんな中、人間にしかできないユニークな価値は何か? と考えた時に、それは感性や直感のようなものであり、それらに関わる概念がマインドフルネスとして注目されてきたのではないかと私は感じています。
例えばアメリカでクリエイティブクラスという言葉が出てきたり、あるいはアップルやフェイスブックなどの先端的企業が出てきたことで、近年はユーザーエクスペリエンスの提供ということがとても重要なテーマとなってきました。特にスティーブ・ジョブズはユーザーエクスペリエンスをずっと追求していた方だと思います。
そもそも60年代のヒッピームーブメントと関連して知られるようになったマインドフルネスが、今やビジネスのメインストリームとして浮上し、例えばグーグルやフェイスブックがクリエイティブ能力を高めるためにマインドフルネスや瞑想の手法を応用している。昔だったらちょっとエキゾティックでコアな人々が対象のイメージだったけれど、今はど真ん中のこととして普通に受け入れられています。
もともと日本には古くから禅があり、瞑想もあったはずなのですが、すっかり忘れられてしまった中、欧米でマインドフルネス・ブームとなり、ようやく日本にも逆輸入されて見直されてきた状況でしょうか。
——茂木先生の考えるマインドフルネスについて教えてください。
マインドフルネスで非常に重要なのは、日常生活における態度であって具体的な実践です。だからヨガや瞑想をしなければならないとか、ただ形から入っていくのは間違っていると私は思っていて、例えば道を歩いている時であれば、木漏れ日に少し目を向けてみるとか、そういった日常へのちょっとした注意を払うことがマインドフルネスに繋がるのだと思います。
マインドフルネスの実践では、判断を保留し、今ここで起こっていることをただ感じるということがあります。対人関係のコミュニケーションにおいて、何かを決めつけるのではなくて、判断を保留して相手の気持ちや態度をただ受け止めておくというのもマインドフルネスの実践のひとつです。ですからマインドフルネスとは、ひとつのものの見方や考え方でもあると思います。
きっかけとしてはマインドフルネス瞑想など色んな方法があると思うのですが、それが唯一の道ではないし、それを行ったからといって必ずしもマインドフルネスが身につくわけでもありません。
私の研究している「クオリア」は脳科学における最大の謎と言われ、これは人工知能やコンピューターでも実現できる可能性や見込みがないものです。わかりやすく説明すると、芸術もクオリアです。veggyのテーマは食だと思いますが、ものを食べるということもまた質感の問題であり、意識の中で感じるクオリアです。これらは生きる上での生きがいや喜びとも繋がっているので、結局自分の感じているクオリアに十分注意を向けられる人が、生きる喜びを感じられる人ということになります。ですから色んな意味で人間の脳機能を考えると、クオリアはとても重要な概念になっていくと思っています。
1990年代ぐらいから意識の科学がリバイバルし、その中でクオリアが重要なテーマとして注目され、今も多くの科学者によって追求されています。クオリアは科学的概念の大きなテーマですが、マインドフルネスはそれに対する生活哲学や実践のようなアプローチになるのかと思います。
——マインドフルネスの取り入れ方を教えてください。
実践の仕方としては、今ここにあるものに目を向けるというのが最も重要です。例えば今、ここに怒っている人がいるとします。そうすると、その怒っているということが正しいのか正しくないのかを判断しがちな方が多いと思うのですが、まずその人が怒っているということに注意を向けて受け止めてあげることがマインドフルネスです。要するに判断する必要はないのです。よく人を年齢や性別、肩書きなどの属性でラベルをつけてしまう方もいますが、それもマインドフルネスからは遠くなります。マインドフルネスとは、その人らしさというか、その人の属性では把握できないような、ありのままの姿を受け止めるということでもあります。
——茂木先生の考えるマインドフルネスな人を教えください。
クリエイティブな方でいい仕事をされている方は大体マインドフルネスが実践できている気がします。ではクリエイティブ(創造性)がなぜマインドフルネスと結びつきやすいかというと、人にラベルをつけることで安心することとは真逆だからです。よく男性だと年齢で女性をおばさんだと決めつけたり、女性だと時々男性を肩書きで値踏みしたりもしますけど、そういうのはマインドフルネスからは遠くなります。
自分がどう感じているかを受け止めるのがマインドフルネスですから、お昼の時間がきたから食べるとか、味わわないで食べるなどは、マインドフルネスな食べ方ではありません。そんな感じで、日常の一瞬一瞬にマインドフルネスは関わってきますが、自分の感じていることとちゃんと対話できていて、何事にも囚われない人はマインドフルネスを実践できていると思います。
例えば最近ブームのサードウェーブコーヒーなんかも、豆の香りや質感、店内の心地よさにこだわっていて、カフェ文化の進化系というか、マインドフルネスな空間のような気がします。今、世の中のラグジュアリーという価値観も変化していて、ただ高価なものがラグジュアリーではなくなってきていますから、少しずつマインドフルネスな方向へ向かっている気もします。
※クリエイティブクラス:経済学者・社会科学者であるリチャード・フロリダ により、アメリカの脱工業化した都市における経済成長の鍵となる推進力と認識された社会経済学上の階級のこと。
※ユーザーエクスペリエンス:製品、システム、サービスなどを使用した、又は使用を予期したことに起因する人の知覚(認知)や反応のこと。
※クオリア:心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のことであり、感覚の質感のこと。
取材・文/吉良さおり
雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.52より抜粋