「本当に肉じゃない?」初めてビヨンドミートを食べたヴィーガンの感想

2月から始まったNPO法人日本ヴィーガンコミュニティ代表の工藤柊さんの連載!
今回は第4回目です!

「本当に肉じゃない?」初めてビヨンドミートを食べたヴィーガンの感想

Hello Vegan!
みなさんこんにちは。ヴィーガンライフを2年と少し実践している大学生、工藤柊(@itllbedark)です。普段はNPO法人日本ヴィーガンコミュニティの代表を勤めながら、ライターとして活動しています。

みなさんは「ビヨンドミート」という食べものをご存知でしょうか。ビヨンドミートは、「肉を超えた肉」の名前に劣らない、ほとんど肉と同じ味のする植物性のお肉のことです。近年のアメリカやイギリス、ドイツをはじめとする諸先進国での、ベジタリアンやヴィーガンを実践する人口の増加に従って、このような植物性のお肉の開発が進められています。

今回の記事では、僕、工藤柊が2019年の4月にイギリスのロンドンにある、世界初のビヨンドバーガー専門店HALO BURGERにて、人生で初めて食べたビヨンドミートの感想や、ビヨンドミートに関する情報をご紹介します

ビヨンドミートとは?


ビヨンドミートとは、アメリカ・カリフォルニア州にある会社、ビヨンドミート社が開発した、植物性のお肉です。近年、動物愛護や環境保護、自身の健康などの理由から、ベジタリアンやヴィーガンを実践する人が増加しています。今回、僕が訪れたイギリスでは、ベジタリアンやヴィーガンを実践する人が170万人もいるというデータもあるようです。
(bbcニュース:https://www.bbc.com/news/business-44488051)

ビヨンドミートは、「本物の肉と全く同じ味」にこだわって開発されています。日本にもベジタリアンやヴィーガンの方へ向けた、大豆ミートなどの代替肉は昔からありましたが、ビヨンドミートはそのクオリティを大きく超えるのです。

さらに、ビヨンドミートは味だけではなく、見た目にもこだわっており、販売される状態はなんと生肉のような見た目となっています。この状態から火を通すと、肉汁のような油を出しながら褐色に色づいていくというのです。この見た目から、世界で初めて精肉コーナーに並んだ代替肉にもなったといいます。

ビヨンドミートのメリット


では、わざわざ本物のお肉ではなく植物でできたビヨンドミートを購入するメリットは何があるのでしょうか。上の画像は、僕がロンドンのビヨンドバーガー専門店に訪れた際に、壁にかかっていたポスターです。一般のハンバーガーとビヨンドバーガーの違いについて書かれていますが、驚きの数字ばかりでした。お肉を使ったハンバーガーに比べて、植物性のビヨンドミートを使ったバーガーは、使用する水を99%、土地面積は93%、温室効果ガスは90%、エネルギーは46%削減できるそうです。

このデータから分かるように、畜産業によって生じる環境問題の改善が一つの大きなメリットです。環境問題に加えて、実際にお肉を使っているわけではないので、動物愛護の観点からも良い商品だと言えます。美味しいものを食べているのに、環境負荷も減らせて、動物愛護にも貢献できる、とても素晴らしいバーガーです。

世界初のビヨンドバーガー専門店「HALO BURGER」


今回僕が訪れたのは、イギリスのロンドンにある「HALO BURGER」というお店です。お店は、ローカルビジネスやスタートアップが集まるPOP BRIXTONという、活気付いた建物の中にありました。POPBRIXTONの建物の中には、今回紹介した「HALO BURGER」の他にも、ラーメン屋さんやスイーツ、ファッションなど、さまざまなジャンルのお店が出店していたので、観光の際にはぜひ訪れてみてください。

【HP】HALO BURGER

早速、「HALO BURGER」のお店に入ってみると、看板には「世界初のビヨンドバーガー専門店」と書かれており、ワクワクしながら入店。そして、最も人気だという、「THE HALO BURGER」を9.5ポンドで注文しました。


店内は、赤を基調にした内装になっており、席数は10席ほど用意されています。ここで座って食べるお客さんや、テイクアウトで注文して、建物内のテラスで食べる方など、ローカルな場所にあるにも関わらずお客さんの数は少なくありませんでした。

初めてビヨンドミートを食べた感想


「THE HALO BURGER」をテイクアウトで注文し、POP BRIXTONのテラス席で実食。包み紙を開けた時から驚かされました。見た目はまさにチーズバーガーのそれと相違ありません。そして、満を持して、パクリ。

最初の感想は、「これ本当にお肉じゃないの?」でした。それほどまでに、ビヨンドミートはお肉の味や食感を再現されており、それを包むパテや、チーズのクオリティも非常に高いものなのです。2年前、ヴィーガンを始める前に食べていた、あの頃のバーガーの味を思い出して懐かしい気持ちに浸ることができました。

そうは言っても、なかなか重たい一品なので、1ヶ月に1回くらいで僕は満足できるなと思いました。しかし、人生で一度は経験しておきたい驚きと味であることには間違いありません。皆さんも、アメリカをはじめ、諸先進国への観光の際には、ぜひビヨンドミートが販売されているお店を探して食べてみてください。

まとめ

今回は、ヴィーガンを2年間実践する僕が、ロンドン旅行の際に人生で初めて食べたビヨンドミートの感想と、お店の紹介でした。いかがだったでしょうか。

ビヨンドミートが食べられるような、ヴィーガンが生活しやすい環境を創るべく、今後も活動を続けたいと思えた経験になりました。早く日本の多くの人に、ビヨンドミートを食べた時の驚きと感動を味わってもらえるよう、これからも頑張っていきたいと思います。

では、皆さんも機会があれば本物のお肉のような植物性肉「ビヨンドミート」を食べてみてくださいね。


工藤柊/kudo shu

高校3年にぺちゃんこの猫をきっかけにヴィーガンへ。神戸大学入学後、誰もがヴィーガンを実践できる”Hello Vegan!”な社会を目指して、大学食堂へのヴィーガンメニュー導入、ヴィーガンカフェの店長などの活動を行う。2018年大学を休学し、NPO法人日本ヴィーガンコミュニティを創設。自身のブログを始め、ライターとしても情報発信を行う。

ブログ「そうは言っても工藤さん」:http://kudoshu07.com/

ツイッター:https://twitter.com/itllbedark

NPO法人日本ヴィーガンコミュニティHP:https://hellovegan.jp/

veggyレシピ「米なすのキノコ詰め」

材料(4人分)
米なす…2本
トマト…中1個
しいたけ…3〜4個
マッシュルーム…4〜5個
玉ねぎ…小1/2
ニンニク(みじん切り)…1片
バジル…2〜3枚
ナツメグ(粉)…少々
黒コショウ…少々
オレガノ(粉)…少々
粉チーズ(又はパン粉)…小さじ1
ドライバジル …少々
オリーブオイル…大さじ2
塩…少々
クルミ…5〜6個
ハチミツ(又はアガベシロップ)…小さじ1/2
シナモンパウダー…少々

作り方
1、米なすを半分に切って、皮部分の周りの壁を1cm残して切り目を入れる。軽く2分ほど蒸して火を通す。
2、火が通ったら、中身をきれいにくり抜いて角切りにしておく。
3、トマト、玉ねぎ、しいたけを角切りにし、マッシュルームをスライスする。
4、フライパンで油を熱し、ニンニクを入れて少し炒める。玉ねぎを入れて透明になったら、下ごしらえした米なすの中身とトマトを入れて炒める。塩、黒コショウ、細かく刻んだバジルを入れる。蓋をして野菜が柔らかくなるまで蒸す。
5、米なすの皮にオリーブオイルを少しぬって、野菜を詰め、上に粉チーズ(もしくはパン粉)とバジルをかけてオーブンで軽く焦げ目がつくまで焼く。
6、クルミをフライパンで空煎りして火から下ろす。ハチミツ(もしくはアガベシロップ)とシナモンパウダーを入れてまぜる。お皿に焼いた米なすを盛ってクルミを飾る。

…………………………………………………………………………
キノコ類
インドでは、カレーはもちろんブラウンライスなどにしてキノコ類を良く食べます。
今のシーズンは色んなキノコ類が豊富に揃っているので、ビタミン豊富でローカロリーなキノコ・パワーを色んな形で取り入れましょう!
…………………………………………………………………………

Mira Mehtaミラ・メータ
ムンバイ(ボンベイ)出身のインド料理研究家。ムンバイ大学で科学を専攻し、卒業後に料理学校で料理とテーブルセッティングを学ぶ。1974年、ご主人の仕事の関係で来日し、1979年からインドのスパイス等の効果を教えながら料理教室を開く。雑誌、新聞、テレビなどで本場のインド料理を紹介しつつ、南青山にインド家庭料理の店「ビンディ」を20年間営む。お店を閉めた現在は、インターナショナル・スクールで学校給食のアドバイザーとして携わるかたわら、毎週土日に料理教室を開いている。
お問い合わせ先 miramehta@bindi.org

主な著書
「はじめてのインド料理」「もっと食べたいインド料理」「インド、カレーの旅」他、素晴らしい料理本が多数
————————————————————

雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.8より抜粋

日系3世カナダ人として生まれたヴィーガン・シェフ

私のルーツ

私はカナダ生まれの両親を持つ日系3世で、 トロントで生まれました。5人に1人は外国 生まれと言われ、現在200を超える民族が住 んでいるカナダにおいて、私の生い立ちは他 国出身の先祖を持つ多くのカナダ人の典型と 言えるでしょう。 父方の祖父・石井オトマツは1902年に神 戸からカナダへ移住しました。自然に恵まれ 土地が安いカナダという国に、大きな可能性 を感じたからです。冒険好きで努力家だった オトマツは、ブリティッシュ・コロンビア州 のバンクーバー島からほど近いランデブーと いう島を買うだけのお金をなんとか蓄え、カ ナダへ向かいました。一方祖母のアサは広島 に2人の息子を持つ未亡人で、カナダに行く ことで息子たちにより良い生活が与えられる ことを願い、いつか息子たちを迎えに日本に 戻ることを夢見てカナダへ渡りました。

長い 船旅の中で出逢ったオトマツとアサは、カナダで結婚。私の父・ジョージを含む5人の子 供を育てながら、果樹園のある家を建て、水 産事業を運営していました。 しかし、やがて第二次世界大戦が起こりま す。祖父母たちは政府により島から追い出さ れ、2万人を超える他の日本人と共に収容所 に入れられることになったのです。彼らは家 や漁船などあらゆる所有物を没収されました。 そして島も含め、二度とこれらを見ることは ありませんでした。 収容所に入れられた日系カナダ人に与えら れた選択肢は、日本に帰国するか、ブリティッ シュ・コロンビア州のロッキー山脈以東に移 住するか、二つに一つ。日本に戻ることを選 び、1945年最後の船で家族と日本に向かっ たオトマツでしたが、そこには想像していた 以上に悲惨な戦後の現実が待っていました。 所有していたはずの土地はずいぶん前に売却 され、何もなくなっていたのです。オトマツ は神戸に戻って3年後、貧困の中で亡くなり ました。カナダに戻れと、家族に言い残して ――。アサは広島で息子たちを探し出すこと を願っていましたが、それが実現することは ありませんでした。

父の家族

母と

裏庭にて

小学生の頃


トロント・ハイパークでのピクニック

収容所で結婚しカナダに残った叔母のヘレンは、離散した家族を迎え られるようにトロントの日本料理屋で仕事を 見つけ、必死に働いたそうです。 一方、母方の祖父・井上カイチは、1900 年代初頭に福岡県椎田町からカナダに移住し ました。カイチは元々俳句を詠むのが好きな 教養のある青年でしたが、カナダでは漁業に 転身。同じく福岡県出身の平田コフジと結婚 しました。平田家は海軍一家で、コフジの兄・ ハルオは戦艦大和の海軍大将だったと言いま す。カイチとコフジはブリティッシュ・コロ ンビア州で私の母・スエ子を含む8人の子供 を育てましたが、子供たちがまだ幼い頃に他 界しました。末っ子だった母は、1939年カ ナダの兄弟と引き離されて椎田町に送られま した。そして1950年代初頭、兄・ヨシに福 岡で探し出されてトロントに戻り、父・ジョー ジと結婚して姉と私2人の娘を授かりました。 以上が私の家族の歴史です。どのようにし て私が今の自分になったのかを知る上で、こ れらはとても大切なこと。私は日本人として の自分のルーツに深い感謝と好奇心を抱いて います。そしてそれが冒険、旅、書くこと、 語ることへの情熱に繋がっているのです。


ベティー叔母さん宅でのホームパーティー

シェフになるまで

もう一つ私にとって重要なものは、食への 強い情熱です。 両親や伯母たちは料理が好きなのはさるこ とながら、それ以上に食べ物を皆で分け合う のが好きでした。彼らにとって、料理は私へ の愛情を示す最善の方法であり、大きな喜び でもありました。 振り返ると、幼い頃は日本がどこか遠い存 在だったように思います。母が日本語を話し ていたので大部分は理解できていましたが、 いざ話そうとするとうまく話せませんでした し、日本の文化を母が伝えようとしてくれて もいまいちぴんとこなかったのです。やがて 小学生になり、母と日本を旅して日本料理を 食べたことをきっかけに日本に親しみを抱く ようになりました。母は28年前に他界しま したが、今も日本で母の好物を食べる度にそ ばで見守りながら微笑んでくれているような 気がします。

レストランで働いていた頃の父

ミス・トウキョウに選ばれた 21 歳のとき

母は伝統的な日本料理だけでなく、異国の 食べ物のことも教えてくれました。近所にあ る東欧のデリカテッセンやユダヤ人のベーカ リーから、いろいろな食材を家に持ち帰って くれるのが楽しみだったのを覚えています。 父は日本の米軍基地で調理の仕事をしており、 トロントで母と知り合うまではレストランで 働いていました。私とレストランで食事をす るのが大好きで、外食するときはいつも家を 出るずっと前から支度をしていました。そし てレストランに着いてから食事が終わり店員 にお礼を言って店を出るまで、終始にこやか な表情で過ごしていました。そんな父との外 食を通して、食事とは食べること以上の意味を持つことに気付いたのです。食事は空腹を 満たすものですが、それよりも大切なことは 食事によってお互いの心の結びつきを確認し 合うこと。食べ物は愛情そのものです。 皆で食べ物を分かち合うことの喜びや大切 さを幼い頃から感じて育った私は、いつしか レストランを開店するという夢を抱いていま した。美味しくて美しく、かつ人と環境に優 しい食事を広めたい! そんな想いを胸にカ ナダからアメリカに飛び、ニューヨークにあ る「Natural Gourmet Institute(ナチュラル グルメインスティチュート)」の扉をたたきました。

父、姉、姪と

料理オリンピックの「ゴールドメダルプレート」にて

「ナチュラルグルメインスティチュート」にて友人と

この学校では植物性の食材を使った 料理や、食べ物・健康・環境の結びつきをしっかり学ぶことができるからです。 卒業してカナダに戻ってからしばらく経っ たある時、レストランを一晩貸し切って地元 で有機栽培された旬の食材を使ったヴィーガ ン料理を作りました。空き店舗などを利用し て期間限定でお店を出す、いわゆるポップアッ プという形態です。忙しい毎日の中で人との コミュニケーションがいかに大切かを感じて いたので、テーブルは相席の形をとりました。 結果、このお店は大好評! 多くの方が私の 料理や食生活に対する考えに共感してくれて、 このポップアップ店を定期的に開くようにな りました。 こうした活動がついに「ZenKitchen(ゼキッチン)」の開店につながり、世界的に 有名なガイドブック『ロンリープラネット』 でオンタリオ州最良レストランの一つに選ば れるまでになりました。」

「ゼンキッチン」の風景

レストランのオーナーシェフとして、私が 大切にしていたこと。それは自らお客様のと ころへ行き、食事の感想や気付いたことを聞 いたり、感謝の気持ちを直接伝えることでし た。そしてそれが何よりの喜びでもありまし た。私がキッチンから出てくると初めは驚い ていたお客様もいつしか常連となり、今では 親友と呼ぶべき人もいます。 こうして幼い頃から積み重なってきた食へ の想いが、今の私を作り上げてくれたのです。

キャロライン石井の「カナダを旅するヴィーガンレシピ」は、多様性を受け入れるおおらかなカナダを代表する郷土料理を全てヴィーガンで再現!

はじめてカナダの料理に触れるかた、カナダへの旅に興味がある方にもオススメの旅とレシピの本です。

種を知る旅〜Seeds of Life〜インド発!ヴァンダナ・シヴァのオーガニック革命

インド経済を支えるコットン産業の中にも少しずつオーガニックの大きな流れができ、貧しい人々をサポートしたり、伝統工芸を支えるフェアトレードなども少数派ながら点在するインド。そんな今日の流れのキッカケは、マハトマ・ガンディの唱えた非暴力の精神からだったのでした。

Translate »