食が変われば世界が変わる — 吉良さおりveggy編集長コラム

− From Editor in Chief

食が変われば世界が変わる

食を見直す事は、生きる本質を見直すシンプルな方法です

子どもの頃に“おいしい!”と思って食べていた食べ物を、大人になってふと思い出して食べてみたものの、当時の“おいしい!”とはなんだか違うな〜と違和感を覚えた経験はありませんか? 子どもの頃に“おいしい!”と感じた食べ物はもちろん本当にその食べ物自体がおいしかった場合もあるかもしれませんが、多くが当時のシチュエーションや空気感が楽しかったり幸せだったりすることから“おいしい!”と感じている事が多いそうです。またラットにストレスを与える実験では、ストレスの多いラットほど過食に走るというデータがあり、これは他の動物や人間にも当てはまるようです。良くも悪くも“食べる”という行為には心理的な部分が大きく関わっているようです。

食が変われば世界が変わる

慌ただしい現代では“サザエさん一家”のように常に一家団欒で食卓を囲むというケースが珍しくなってきている中、少し残念なデータを紹介します。これは厚生労働省が2007年に発表した調査結果ですが、子どもが朝食を誰と一緒に食べるかについて「子どもだけで食べる」と回答した比率が小中学生共に増加傾向にあり、2006年には小学生においても40%を超えていたそうです。仮に残りの60%弱の人々が家族で食事をしていたとしても、そこにお互いの会話はなく、お母さんは慌ただしくキッチンへ、お父さんや子どもは本・新聞・テレビ・携帯などに夢中といった其々が向き合うことなく孤立した状況だとしたら、決して健全だとは言えません。 些細な日々の家族間の交流は子どものコミュニケーション能力を育み、同時に精神を安定させますから、食卓から子どもの人格が形成されていくといっても過言ではないのかもしれません。かく言う私も時間のない朝に毎日子ども達と向き合っているかといわれると、そう完璧には出来ていないのが現状ですが、こういった統計を目の当たりにすると、色々と考えさせられてしまいます。

“いただきます”と“ごちそうさま”

日本では食事のあいさつとして子どもが真っ先に覚えるのが“いただきます”“ごちそうさま”ですが、そもそも“いただきます”には“あなたの命を頂いて私の命に代えさせて頂きます”という意味があります。そして昔は今のように1カ所で全てが揃うスーパーなどが無かった為、食事を作るために様々な場所へ走り回って用意していたことから“ごちそうさま(御馳走様)”という言葉に“走る”という意味の漢字が二つ並び、前後に作り手への敬意を表す“御”と“様”がつくようになったそうです。さらには古来から農耕民族だった日本人には八百万の神という考え方が根付き、仏(神)を意味する右手と自分自身を意味する左手を合わせて“合掌”することでさらに“一体になり繋がる”といった意味合いがあるそうです。

食から感謝の気持ちをみんながシェアできる、たとえ一人でも宇宙の繋がりを感じられる、そんな世界的にも他に例のない日本独特のスピリチュアルなこの文化を少し意識してみませんか? 私たち本来の“様々な生き物の命が繋がり合って自らが生かされている”という自然意識に戻りveggyな食事を愉しめば、ミラクルは誰にでも起こりえると思うのです。

*八百万の神 自然界全てに神が宿っているという考え方


編集長 吉良さおり
veggy vol.31(2013年11月号)より抜粋

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