Loading...
Mind

スリランカに伝わるブッダの教え、幸せな心の育て方

お釈迦様の教えが純粋に受け継がれてきたスリランカの仏教。それはいつの時代もどんな人の心にも役立つ、実践的な教えです。感情に振りまわされず、真の豊かな心を持って生きていくために、私たちに必要なことは何なのか。数々の著作をもつスリランカ出身の僧侶・スマナサーラ長老のもとを訪れ、お話を伺いました。

写真/加納智美 取材・文/酒井 悠

 

アルボムッレ・スマナサーラ

テーラワーダ(上座仏教)仏教長老。1945年4月スリランカ生まれ。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとる。1980年に来日。駒澤大学大学院博士課程を経て、現在は(宗)テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事。朝日カルチャーセンター(東京)講師を務めるほか、NHKテレビ「こころの時代」などにも出演。著書多数。

 

――先生の代表作の一つに『怒らないこと』という本がありますが、現代の日本にはイライラしている人が本当に多いですね。

 

人間は自分の思い通りにいかないと言ってすぐにイライラしたり文句を言ったりするけれど、なんでそんな余計な期待や希望をたてるのでしょう? なんで“自分は自然界の一部”って見れないのでしょうか。それは個人に恐ろしい“自我”というものがあるからです。勝手に期待を抱いたりするのは全部、自我の“妄想”です。起こることをそのまま受け止めればいいだけです。

 

――「自分の思い通りにいくわけがない」と理解していれば、何があっても動じないということですね。なかなかその境地にはたどり着けないと思いますが。

何事も、怒りが解決してくれることは絶対にありえません。怒ったら例外なく自分が負けですから、“忍耐”するのです。どんなに優しい気持ちでいようとしても、理不尽な思いをするとキツいかもしれませんが、そんなときこそ心のトレーニングのよいチャンスです。実際は、怒りもあらゆる感情も妄想によるもので、そういう心の病気を治す手段として瞑想があるのです。

――最近は瞑想もかなり普及してきました。先生がご指導されている「ヴィパッサナー瞑想」について教えてください。

「ヴィ」は“明確に”、「パッサナー」は“観る”という意味。ヴィパッサナーは、“今”自分がやっていることに気付く、ということです。だからこの瞑想は一日に何分やるというわけではなく、24時間常にやるものなんですね。

 

――“今”に完全に集中するということですよね。

過去を思い出して後悔することはdead body(死体)を背負うことですよ。未来のことを妄想して不安になるのは心の病気です。ヴィパッサナーを続けていくと、過去や未来に捉われることもなくなります。ものすごく元気に明るくなる。何を言われてもニコニコしていられるくらい人格が向上する。智慧が現われて、怒り世の中がどうなっているかとか、自分というのが何なのかというカラクリがわかってくる。怒りや憎しみといったあらゆる心のよごれも消えていきます。

――瞑想がどんなに素晴らしいものであっても、中には実践しようと思うこともなく一生苦しみに縛られたまま生きていく人も多いと思うんです。

そういう人たちは好きで苦しんでいるのだから、ほっといてください、というのが私の答えですね。その人の自由は奪えません。病気になったとき、医者が向こうから来て治療をしてくれますか? しないでしょう? 他人に強引に押し付けようとするのは変な話なのです。それに、私たちは一人ひとり万病の薬をちゃんと持ってますから。

 

――先生の「慈悲の瞑想」は、自分がしているうちに自然と周りにもよい波動を広げられるのかなと思います。

確かに、慈悲の心は広がりますね。すごく優しい人が一人いたら、まわりがイライラしないでしょう? だいたい世の中で社会のリーダーになるのは、慈悲の心がある人です。自我がなくなって、皆平等! ってなっちゃうから。自分は大海の中の塩一粒なのだと本当に理解できたら、すぐれた人格者でしょうね。

 

――スリランカでは瞑想も当たり前なのでしょうか?

向こうは日本と違って、仏教が普通に日常にあります。仏教というのは信仰ではなくて、全ての人間が学ぶべきことを教えているだけなんです。「慈悲の瞑想」もしていますね。人間だけじゃなくて、犬も猫も虫も小鳥も、皆頑張ってるなぁ、かわいいなぁって気持ちになる。スリランカの人はおだやかですよ。                   

                 お寺へ集うスリランカの人々

 

――全ての生き物、皆兄弟なんだっていう気持ちですよね。

自分と違う相手を認め、受け入れることが慈悲の心です。他者は自分と違って当たり前ですから、皆違っていいんじゃない? って感じにしないとね。じゃがいもを生で食べたがっている人に、やめた方がいいとか、茹でろとかマッシュポテトにしろとか言う必要ないんです。その人はいろんな食べ方を全部知ってるの。その上で生で食べたいと言ってるんだから。

 

――一人ひとり違って当たり前なのに、自分と違う相手のことを変だと思ったり、周りと違うと自分が変なのかと不安になる。そういう習性が根強いこの世界が非常に不思議です。

例えば、結婚したり子供を生んだりするのが当たり前だというのも妄想です。人間が必要だと思っている多くの欲はあとから観念的につくられたものであって、人間の基本的なプログラムではないですからね。

 

――おっしゃる通りです。“こうあるべき”って勝手に思い込んだり、欲に振りまわされたりして、人間てなんて愚かな生き物なんだろう? と思ってしまうんです(笑)。

そうでしょう? でも人間は愚かな生き物だなぁって思ったら、それだけで笑って生活できるでしょう(笑)。この世の全てのことは、瞬間瞬間で変化していきます。ですから、「何ひとつ気にするな」。過去や未来に捉われず、この人生で与えられたあなたの“今のこの瞬間”の役割を、精一杯やりきっていくことが大切なのです。

Love Peace & veggy !

Translate »