2年間のヴィーガン生活を振り返って思うこと

先月から始まったNPO法人日本ヴィーガンコミュニティ代表の工藤柊さんの連載!
今回は第2回目です!

2年間のヴィーガン生活を振り返って思うこと

veggy ONLINEをお読みの皆さん、こんにちは!先月から月一で連載している、ヴィーガン初心者の味方、工藤柊(@itllbedark)です。

高校3年生からヴィーガンを始めて、今ではNPO法人の代表を務めるまでになった僕の経験や思いをこの連載を通じて伝えていきたいと思います。先月の投稿では、僕がヴィーガンの活動を通して実現したい“Hello Vegan!”な社会について紹介しました。

“Hello Vegan!”と笑顔で迎え入れられる社会を目指して

今回の記事では、僕が2年間ヴィーガンとして生活してきたことを振り返って、どんな経験をしてきたか、そして2年経った今思うことについて書いていきたいと思います。ヴィーガンやベジタリアン始めたての方や、興味がある方はぜひ参考にしてみてください。

1.ヴィーガンを始めたきっかけ


まずは、僕はヴィーガンを実践し始めるきっかけになった出来事をお話します。ヴィーガンに出会ったのは2016年11月、まだ僕が高校三年生の頃です。その頃は受験勉強真っ只中で、図書館で夜まで勉強して帰宅する間に、“ぺちゃんこの猫”を見たことがきっかけでした。

車に何度も轢かれてしまっていて、近づかなければ猫かどうかもわからない状態のその猫を見て、大きなショックを受けました。それは、学校で習った飢餓や紛争、環境問題の犠牲になる人々と同様の、何の罪もない存在が苦しまなければならないという不条理に対する怒りの感情でした。今となっては、僕も丸くなりましたが、当時は正義感の強い少年だったので、その猫が殺されてしまったという事実を、尚更許すことができなかったのです。

そして、道路にへばり付いてしまっていたその猫をどうすることもできず、自宅に帰ってすぐにパソコンを開きました。猫が車に轢かれる事件や、そこから派生して犬や猫の保健所での殺処分についても調べました。その先に見つけてしまったことが、畜産業における畜産動物への扱いでした。そこでは何の罪もない存在が、毎日何万、何十万と殺されていたのです。

さらに、畜産業が食肉などを生産することを、僕自身の消費活動によって促していたことにも気がつき、自分がお肉や卵、乳製品を消費してもいいのかがわからなくなってしまいました。そして次の日の朝に、母親に動物性の食品を一切食べないようにすることを告げ、僕のヴィーガン生活は始まりました。

2.1ヶ月目は水炊きとおにぎり生活


突如始まった僕のヴィーガン生活ですが、まず最初に困ったのは当たり前ですが、「何を食べればいいのか」ということでした。ヴィーガンを始めるまでは、ほぼ全ての料理に使っていたお肉や卵、牛乳などの動物性の食材を急に使えなくなってしまえば、卵かけご飯が得意料理だった男子高校生は途方に暮れてしまいます。

それまで料理を作ってくれていた母親でさえ、急に動物性を使っていない料理に対応は難しく、最初の1ヶ月は水炊きとおにぎり生活を送っていました。家での食事はお鍋に野菜を入れて、ポン酢につけて白米を頬張っていました。学校では塩むすびを持って、昼休みに頬張っていました。今となっては笑い話ですが、当時は「これがヴィーガンの洗礼か…!」とまで思っていました。

3.ヴィーガンのお店や食材、仲間に出会う


しかし、ヴィーガンを始めて1ヶ月が過ぎた頃、大阪にヴィーガンの飲食店があることや、商品があることを知りました。二度と食べることはないと思っていた唐揚げやハンバーグ、ハムやチーズなどが植物だけでも再現することができるとは夢にも思っていなかったので、心の底から驚き、喜びました。

それから、最初から諦めてしまっていたことを反省し、色々な情報を集め始めてヴィーガンの食品やお店に回り始めました。それまでは日本に3人くらいしかヴィーガンがいないと思っていたほどでしたが、これだけお店や商品があるならもしかしたらヴィーガンを実践する仲間がいるのかもしれないと考え、調べてみると大阪で開催されるヴィーガンフェスを見つけ、参加してみることにしました。

そのフェスに参加し、人生で初めて自分以外のヴィーガンやベジタリアンの人と関わることができました。しかも、一気に数百人もの人が集っていたので驚きました。そこには僕と同じくらい若い人も参加していて、今でも仲良くしているヴィーガン仲間と出会うことができました。

彼ら彼女らとは、それからも何度か食事に行ったり、若いヴィーガンの人たちを集めてLINEグループを作ったり(今では50名を超えました)と、仲良くなっていきました。仲を深めていくにつれて彼らの優しい人柄を知り、しかしその一方で彼らがヴィーガンとして生きづらい今の日本の社会は課題だと感じ、そんな状況を変えたいと思うようになりました。

4.様々な活動を始める


ヴィーガン仲間が生きづらい社会をどうにかしたいと思い、大学に入学してすぐに団体を立ち上げ、大学食堂にヴィーガンメニューを導入する活動を始めました。活動を進める中で、ヴィーガンが暮らしやすく、誰もがヴィーガンを実践することができる社会を実現することこそ自分がやりたいことだと確信することができました。

そして、大学食堂のヴィーガンメニュー導入サポートの他にも、ブログやYouTubeでの情報発信やヴィーガンカフェの店長、ヴィーガンイベントの開催など、様々な活動を行なってきました。その結果、多くの人に喜んでもらえた一方で、悲しいことに自分一人で理想とする社会を実現することはできないと気がつきました。

しかし、一人では社会を変えることができなくても、同じ思いを持つ仲間と力を合わせれば変えることができると信じて、2018年11月にNPO法人日本ヴィーガンコミュニティを設立し、現在70名以上のメンバーと共に誰もがヴィーガンを実践できる”Hello Vegan!”な社会を実現するために活動しています。

5.2年間の感想


これが、僕がヴィーガンを始めてから現在(2019年3月)まで、2年間の生活でした。それなりに充実した2年間であっという間でしたが、いくつか辛いこともあったのも事実です。しかし、ヴィーガンを実践していたからこそ出会えた人がいて、手に入れられた機会もあったことを考慮してトータルで見ると、ヴィーガンを始めて良かったと心から思います。

今、ヴィーガンやベジタリアンを実践しようかなと迷っている人がいたら、まずは1日やってみることをお勧めします。できれば1週間2週間ほど続けてみると、何を食べられるのか、どのお店にいけるのかがわかってきて、段々と不便がなくなっていくようになると思います。

もちろん、始めてみる際は既に実践している人に、協力してもらうのが一番です。誰でもいいですが、周りに頼れる人がいなければ、何か質問や困ったことがあれば僕のツイッター(@itllbedark)にでも相談していただければ、少しだけ先輩として助言できたらと思います。ヴィーガン初心者の味方なので!

では、来月もお楽しみに!

工藤柊/kudo shu

2016年、高校3年の秋にぺちゃんこの猫を見てヴィーガンに。神戸大学入学後、誰もがヴィーガンを実践できる“Hello Vegan!”な社会を目指して、大学食堂へのヴィーガンメニュー導入、ヴィーガンカフェの店長などの活動を行う。2018年大学を休学しNPO法人日本ヴィーガンコミュニティを創設。ブログやYouTubeでの情報発信も行う。

ブログ「そうは言っても工藤さん」:http://kudoshu07.com/

YouTube「ヴィーガン初心者の教科書」:https://www.youtube.com/channel/UCnyHAlvD5qmqYa4SAQ6z2bw?view_as=subscriber

ツイッター:https://twitter.com/itllbedark

日本ヴィーガンコミュニティ公式HP:https://hellovegan.jp/

 

世界のVeggy Peopleに聞く、食とライフスタイル(2)– デニス・バン・デン・ブリンク

ラフティングやバックカントリー・スノーボードなど、自然を中心としたオルターナティブなライフスタイルを好む人々が集まることで有名な北海道・ニセコ。この地でニセコグリーンファームと呼ばれる農場を経営する、デニス・バン・デン・ブリンクに会いに出かけた。1999年から11年間、日本に滞在している彼が語る、自らのユニークな人生、そしてオーガニック農業の未来のこと。

Going Organic
オーガニックということ

ニセコグリーンファームを始めたのは、ちょうど2年前。14ヘクタールの土地のほぼ半分を栽培に使って、パプリカ、トマト、アスパラガス、カボチャ、豆、キャベツ、カブ、オクラ、ハーブなどをオーガニックで育てている。 「オーガニック」というのは結構大変だよ。日本の農業総生産の内、オーガニック生産物はたったの0.17%ということを考慮に入れると、なおさらだ。オーガニック生産物の市場なんて、ほぼ存在しないと言っても過言でないし、農業経営者は厳しい規制と困難な市場状況に立ち向かわなければならない。 ここでは放任受粉した伝播作物を使うことで、種を販売する企業に頼らずに済むようにしている方法をとっている。種の大半は、商業化されたハイブリッドの種を押し付けられることを嫌う人々の世界的コミュニティ(注2)をとおして、アメリカやオランダから入手しているよ。 でも、商業的には多様な作物を育てるということですら、無理な話なんだよ。例えばここで育てているオーガニックトマトは外皮が薄すぎるため、大量生産できないんだ。トマトが熟れていないうちに収穫するという既存のシステムでは、簡単に破壊されてしまうからさ。 だからこそ、大切なことは消費者の意識度を育むことだと思っている。今ここでは作物が熟れたら収穫し、顧客に直接配達する方法をとっているんだ。直販をとおして顧客は農業経営者を知り、強い信頼関係が築き上げられる。同時に、消費者は旬の野菜を認識し感謝することができるようになるしね。こういったシステムは消費者の意識度の改革に一役買っていくと思っているよ。

Challenging the Norms, Being Different
固定概念を覆し、「違う」存在であること

単純に化学薬品を生活に加えたくないと思っている。食べ物であろうが、薬であろうが。すべてがナチュラルであって欲しいんだ。大自然の力は偉大で、生存するために人類が作った化学薬品は必要ないはずなんだ。 加えて、常に当たり前とされることとは違うことをしたい自分がいるんだ。自然の中で生きることや、自分の食べ物を育て、それを感謝している人々のために育てるということとかね。チャレンジがあれば、それを好んで受け入れる性格なんだと思う。チャレンジのない人生なんて、すぐつまらなくなってしまうだろう。新しいことをして、新しい体験をしたいんだ。 Fujimamasで仕事を始めたころから農業には関わっていたけれど、2003年から2004年にWWOOF(注3)をとおしてオーストラリアでウーファー体験をしたとき、オーガニック農業については多くを学ぶことができた。あの体験はオーガニック農業についてとても実用的なことを学ばせてくれたし、そこから進化することができたと思うんだ。 農業を行う際の最大の秘訣は、植物をよく観察するということ。植物が何を欲していて、植物が環境とどう接しているかについての感覚を育んでいくんだ。その結果、様々な土や肥料を調整したり、時には植物を過酷な状況へと追いやることで何がワークするか試行錯誤を繰り返しながら見つけていく。 失敗をしたら、何故それがワークしなかったかを本当の意味で観察する必要があるんだ。成功から学ぶことと同じだけ、失敗からも学ぶ必要があるんだよ。物事はいつでも軌道修正の余地がある。パーフェクトなものなんて存在しないんだから。

Sharing a Vision
これから、ビジョン

精神科病棟のある病院とは連絡を取り始めているんだ。セラピー療法の一環として患者さんを農園に招待し、働き、野菜を育てることを体験してもらい、家に持ち帰って食べて欲しい。これは旅の始まりからビジョンに欠かせない一部だったからぜひ実現させたいと思っている。また、日本の消費者にとって本当の意味でのオーガニック生産物の選択肢が生まれるといいな、と思っている。 今は日本の農業規制はとても厳しいため、生産すら制限されている事実もある。今年生産したトウモロコシの穀粒はあまりにも詰まっていると判断されたため、販売できなくて何千ものトウモロコシが農地に捨てられるはめになってしまったよ。日本という国がたった39%の食料自給率しか持っていないという事実を考慮に入れると、かなりショッキングな事実だよね。多くを生産しているのに、同時に大量の無駄が生まれている。餓えている人々がいるにもかかわらず、私たちは与えることを拒否しているんだ。 そして、ほぼすべてが政府と密接な関わりを持つJAの独占によってコントロールされているんだ。農家は生産物を販売するだけではなく、JAを通して農薬、化学肥料、種、ローンも入手するから、このシステムから逃れて存続することがほぼ不可能となる。でも、これからはそのシステムも変化を求められるだろう。農業の高齢化やそれに伴って若い人々が業界に入ることがそのきっかけになるかもしれないね。個人的には、ニセコグリーンファームでやりたいことをやりながら、少しずつその活動に貢献していきたいかな。生産物をとおして美味しく楽しい体験をまずは提供することで、他の選択肢もあるということを伝えやすい状況をつくり、模範のひとつになれればいいと思っている。結果として、今の「あたりまえ」をすり替えるような豊富なオーガニック選択肢が生み出されるんじゃないかな。そうして、一緒に成長していくのが理想的だね。 人々がもっと自分たちの環境や資源に対して意識を持ち、大規模な工場式農場から小規模生産へと移行できる未来へ向けて、できるところから一歩一歩、地道に前に進もうと思っているんだ。

【Profile】

デニス・バン・デン・ブリンク
Dennis van den Brink
1974年、オランダ生まれ。アジアを愛し、過去12年間をアジアで過ごしてきた。
種から食卓まで、食に対する深い関心と絶え間ない情熱を持つ。
大自然を愛する心に導かれ、食物連鎖から化学薬品を取り除いた「生きた食」を人々に提供したいと強く願っている。

【Interviewer & Text】

堀江里子/Satoko Horie
パリ生まれの日本人。パラインパクト/ヨガジャヤのマネージングディレクター。
世界各国を旅し、土着の文化に溶け込むことを楽しむ家族の元で、国際人として育てられる。
南極以外の大陸をすべて旅した彼女は、未だ見ぬ土地や人々に接し、全く新しいモノの見方を発見することを愛してやまない。常に新しい領域や限界にチャレンジする人生の探求者としての日々を満喫している。
…………………………………………………………………………..
雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.13より抜粋

世界のVeggy Peopleに聞く、食とライフスタイル — デニス・バン・デン・ブリンク

ラフティングやバックカントリー・スノーボードなど、自然を中心としたオルターナティブなライフスタイルを好む人々が集まることで有名な北海道・ニセコ。この地でニセコグリーンファームと呼ばれる農場を経営する、デニス・バン・デン・ブリンクに会いに出かけた。1999年から11年間、日本に滞在している彼が語る、自らのユニークな人生、そしてオーガニック農業の未来のこと。

My Roots
始まり、ルーツ

オランダのエルメロという小さな農業の町で生まれ育ったんだ。家族はヘルスケアで仕事をしていて、精神科を専門として知的障害者を助けていた。俺も両親と同じ業界に進み、自閉症による問題行動に苦しむ患者のケアを中心に仕事をしていたんだ。でも、病院が持つ規制や規則が嫌いだった。ある程度の規則や保護は意味があるとは思うけれど、彼らにも何かきちんとした責任を与える環境が必要だと思っていたんだ。 だから知的障害者が仕事をする場所として、オーガニック農園を作ることが夢だった。レストランが隣接していて、農作物を利用できると同時に彼らが集まることのできるコミュニティとなっているようなさ。 でも当時の俺は調理も農業も共に未経験だったから、1年間休職して、人々がどのように自然の中で働き、生きているか、そして農業がどう人々の日常生活と関わりあっているかを自分の目で見ることにしたんだ。単純に世界に出て探求したいという気持ちもとても強かったしね。

Exploring, Living with Others
人と生活し、探求すること

東へとひたすら旅をしていった。トルコ、パキスタン、インド、スリランカ、ネパール、チベット、中国、韓国、そして最終的に日本に辿り着いた。 旅の大半はヒッチハイクで、時には安いバスや電車を使ったりしたんだ。最も貧しい人々と同じ手段で旅をしたかったから。エアコンのきいたファーストクラスのバスしか乗っていないと、リアルなもの、生身の生活を体験せずに人々の生活を通り過ぎてしまう。その土地に住んでいる人の食べているモノを口にし、飲んでいるモノで喉を潤し、自分の文化とは違う何かを吸収したかった。 まるまる1年旅をして、エベレストまで辿り着いた。でもそこで「自分の旅はまだ終わっていない」ということに気がついたんだ。オランダの職場にポストカードを送り、「世界の頂点に行き着いたけれど、まだ帰ることができない」、そう伝えたよ。 チベットの後は、中国各地へと自転車で点々として韓国へ。韓国の島々を旅した末、日本の下関に辿り着いたんだ。そこから東京まで自転車で北上し、まずは鎌倉、そして早稲田での生活が始まった。このときヨガジャヤのパトリック・オアンシア(注1)に出会い、彼にFujimamasという表参道のレストランを紹介されて、シェフとしての人生がスタートしたんだ。 日本に足を踏み入れたその日から、この土地に居心地の良さを感じていたよ。和食は大好物だし、とても安全な国民性も。何かに鍵をかける必要が無いんだよね。暴力や攻撃性というのが生活に充満していないんだ。多くのことを心配しなくてすむので、結果的にとてつもなく開放感のある精神的な自由を手に入れることができるんだと思う。

Expanding Perceptions
見方を広げていく

1年半ほど旅をする経験は、人との関わり方やモノの見方を完全に変えていったよ。異なる文化や宗教を体験することに皆がもっとオープンになれば、きっともっと互いを受け入れることができると思う。そして誰もがこの方向へと向かっていけば、人種対立や戦争は過去となり、世界は遥かに豊かになるんじゃないかな。 「生きる豊かさ」を本当の意味で理解することができれば、人はもっと親切で謙虚になっていくものなんだ。最も貧しい人ですら、他人を家へと招き入れ、食べ物を分かちあおうをする。その行為に触れたとき、この気づきが始まるんだ。 もちろん時代は1990年代から変わってしまったかもしれない。物事が過ぎ去る速度は更にスピードアップしているし、昔ほどロマンチックじゃないかもしれないね。 でも、異なる文化に対してオープンである必要性は変わっていないと思う。誰しも最低でも1年は海外を旅して生活することで、新しい生活環境に慣れる時間を経験する必要があるんじゃないかな。自分を何一つ変えようとしないで、自分の空間に入ってくる人々に対する不満を並べたてることは簡単なんだよ。それに、生まれ育った豊かな土地を離れることがなければ、すべてが揃っていることが当然だと思ってしまう。そして次第にそれを手放せなくなってしまって、誰とも何も分かち合えなくなってしまうんだ。

(2)へ続く

【Profile】

デニス・バン・デン・ブリンク
Dennis van den Brink
1974年、オランダ生まれ。アジアを愛し、過去12年間をアジアで過ごしてきた。
種から食卓まで、食に対する深い関心と絶え間ない情熱を持つ。
大自然を愛する心に導かれ、食物連鎖から化学薬品を取り除いた「生きた食」を人々に提供したいと強く願っている。

【Interviewer & Text】

堀江里子/Satoko Horie
パリ生まれの日本人。パラインパクト/ヨガジャヤのマネージングディレクター。
世界各国を旅し、土着の文化に溶け込むことを楽しむ家族の元で、国際人として育てられる。
南極以外の大陸をすべて旅した彼女は、未だ見ぬ土地や人々に接し、全く新しいモノの見方を発見することを愛してやまない。常に新しい領域や限界にチャレンジする人生の探求者としての日々を満喫している。
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雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.13より抜粋

アボリジニの血が流れるシンガー・ソング・ライターが語る、海や大地と繋がる方法

−−プロフィール−−
Xavier Rudd/ザヴィエル・ラッド
約30種類以上もの楽器を操るオーストラリア出身のシンガー・ソングライター。
ジャック・ジョンソンやGラヴなどミュージシャンのサポートを務め、2004年にアルバム『ソーラス』でデビュー。名だたるフェスティバルへの出演や、世界中を回るツアーを行っている。 アーティストの情報やツアースケジュールなどはウェブサイトをご覧ください。http://www.xavierrudd.com
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オーストラリアとカナダの両国に市民権を持ち、約30種類の楽器を巧みに操るシンガー・ソング・ライターのザヴィエル・ラッド。その魅力的なヴォーカル以上に、彼の音楽性を語る上での魅力となるのがアボリジニの民族楽器で「ディジュリドゥ」と、ドイツ発祥の「ワイセンボルン・ギター」だ。現代と伝統の影響が融和した心地よいハーモニーに乗せて、ザヴィエルは“母なる大地”や人間、感情といったテーマを詞に込めて唄いあげる。ライブでは、大半の場合がたった一人でのステージだ。彼以外には誰もいないソロの舞台で、世界各地の聴衆を魅了し続けている。厳格なベジタリアンでもあるザヴィエルは、その人柄と音楽性、そして先住民や環境のための活動から、母国オーストラリアだけでなく、アメリカやヨーロッパでも注目を集めているミュージシャンである。そんなライブのスタートを数時間後に控えた彼に話を聞いてみた。

べジィ編集部
-あなたは、なぜベジタリアンというライフスタイルを選択したのですか?

ザヴィエル
-僕が生まれ育ったオーストラリアでは、先住民たちはカンガルーを殺します。彼らは厳しい伝統を守り、空腹であっても条件がそろわなければカンガルーを殺してはいけないというしきたりがある。僕自身は、動物性しか選択肢がない状況でもベジタリアンであることを貫きます。だけど、オーストラリアの奥地で暮らし、厳しい儀式に倣いながら動物を狩る先住民の生き方は理解できる。スーパーマーケットで売られているものとは、また別の話だから。そこでは誰が切ったかも分からない肉がたくさん並べられている。大量生産された何百万という動物たちが、虐げられ、殺され、細かく切り刻まれて売られているのさ。そういったものは断固として受け入れられない。

べジィ編集部
-あなたは世界中をツアーでまわり、カナダでも多くの時間を過ごします。オーストラリアで暮らす家族との時間を見つけるのは大変ではないですか?

ザヴィエル
-そうだね。だけど、何が自分にとって本当に大切かを見極めるようにしているんだ。僕は毎年数ヶ月間をオーストラリアで過ごす。最近、新居が完成したんだけど、その家はとてもこだわって作られているよ。ストローベイル建築で、100%環境に配慮しているし、資材の95%はリサイクルされたものを使っている。例えば、近隣の街まで行って、海辺の古い家から出た廃材を回収して再利用したりね。新居から出る廃棄物も全てが自然な方法で処理されていて、「みみずコンポスト」でゴミをリサイクルし、水も植物を利用したシステムで浄化している。こういう方法で暮らしていると、自分が取るあらゆる行動に対して敏感にならざるを得ないんだ。浄化システムに不自然なものが入ったりすると、ただちにミミズや植物がダメージを受けるからね。だから毎日が学習だよ。その積み重ねを通じて、いつも慎重にならなければいけない。だけど、これはとても気持ちのいいものだよ。自然の循環について理解できるようになっていくからね。家には4歳と9歳の息子が2人いて、こういったことを学びながら育てている。これは子どもたちにとって、とても価値のあることだと思うんだ。

べジィ編集部
-電気はどうしているんですか?

ザヴィエル
-100%太陽発電のエネルギーだよ。建築時に、周囲の木を一本も切り倒さないようにしたから、この家はとても上手い具合に自然と調和しているんだ。木々がよい日除けになってくれているけれど、毎日数時間は家に直射日光があたって、充分なエネルギーを得ることができるよ。

べジィ編集部
-あなたの音楽はオーストラリア先住民の音楽の影響を強く受けていますね。あなた自身、先住民や彼らの文化と、どのようなつながりがあるのですか?

ザヴィエル
-僕には先住民の人々と、とても強いつながりがある。国中にアボリジニの友人がいるし、僕の曾祖母はアボリジニで、彼女の魂が今も僕に受け継がれている。この感覚はとても強烈なもので、曾祖母や先住民の文化と深いところでつながっているのが僕にはわかる。物心ついた頃からずっとこのつながりを感じてきたんだ。

べジィ編集部
-”Things meant to be”という美しい曲の中で、“海の奥深くに目を凝らしてごらん。きっと君にも見える”と歌い、海や木々や植物、母なる大地は私たちの友だちであると教えてくれています。しかし、大量消費社会に暮らす私たちは、そういった感覚や自然と調和した魂を、まだ失わずに持っているのでしょうか? それともこれはもう郷愁や空想にすぎないものに成り下がってしまったのでしょうか?

ザヴィエル
-もちろん、まだ失っていないと思っているよ。僕のこの感覚は先祖から受け継いできたものだけど、もし自分の本質やルーツを無視しつづければ、どんな人であれ、そういったつながりを失うことになってしまうだろうね。先祖から受け継いできたものは僕にとって非常に大切なものだから。オーストラリアに戻ると、それをとても強く感じることができる。僕はその感覚を歌にするんだ。

べジィ編集部
-あなたのライブではオーディエンスがとても熱狂的ですね。みんないろんな形であなたへのサポートや幸福感を表現している。素晴らしい雰囲気だと思います。

ザヴィエル
-僕がライブですることは、音楽を通して何かをみんなに与えること。そうやってみんなとつながるんだ。音楽はそれを容易にしてくれる。みんなと強くつながりたくて、僕がより多くのものを差し出すと、多くのものが返ってくる。一緒に経験することによって、僕らのエネルギーは一体になる。本当に言い尽くせないほど素晴らしくて、僕が心から好きな体験だ。日々世界のどこかで、たくさんの素晴らしい人たちの前で自分の音楽を奏でることができるということは素敵な経験だよ。ライブに来る人たちは、それぞれが抱えている問題をひとまず家に置いてくる。少なくともその最中は問題から解放される。それは本当に大切なこと。それが音楽の機能でもあるしね。みんないいエネルギーを持ってやって来る。僕もいいエネルギーで臨む。そうすることで、みんなの心が満たされて、元気になることができる。その場にいる全員で分かち合うこと、それがライブのすべてだよ。

べジィ編集部
-最後の質問です。なぜサーフィンがあなたにとって特別なのか教えてください。

ザヴィエル
-単純なことさ。サーフィンをしている間は“大いなる自然”と一番つながることができる。海を感じることは素晴らしい感覚だ。波が寄せては引くように、海は絶え間なく動いている。生命の本質、循環という偉大な力を感じることができる。サーフィンを通して、自分もその一部になることができるんだ。入江で波に乗っていると、僕の他には誰もいないことがある。そんな時、僕はたった一人で、自然のエネルギーと完全につながった感覚にひたりながら、海と一緒に踊るんだ。

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雑誌veggy(ベジィ)バックナンバーVol.9より抜粋

“Hello Vegan!”と笑顔で迎え入れられる社会を目指して

今月から、NPO法人日本ヴィーガンコミュニティ代表の工藤柊さんの連載が始まります!

veggy onlineをお読みの皆さん、初めまして!今回から毎月連載を担当する、ヴィーガン初心者の味方、工藤柊(@itllbedark)です!

この記事を読んでいる方の中には、ヴィーガンやベジタリアンの人もいれば、ベジタリアンなんて全然興味ない!お肉が好きだ!なんて人もいるかと思います。

ちなみに僕は、2016年からヴィーガンを2年と少しの間続けています。始めた当時は高校三年生の秋でした。今となっては食堂で唐揚げ丼を食べていたことや、友人と焼肉屋で焼肉を頬張っていたことが懐かしいです。

そんな僕が、これから毎月ヴィーガンに関する情報を発信する連載をしていきます。ヴィーガンを始めたきっかけや2年間続けてみて感じること、目指している社会、これまでの活動や今の活動など、僕にしか書けないことを記事にしていくので楽しみにしていてください。

そして第1回目の今回は、僕が目指す『”Hello Vegan!”な社会』についてです。

 

ヴィーガンって?


“Hello Vegan!”についてお話する前に、まずはヴィーガン(vegan)のことを簡単にご紹介します。一言でいうと、ヴィーガンとはベジタリアンの中でも最も制限のあるライフスタイルです。ベジタリアンがお肉や魚介類を食べないのに加えて、ヴィーガンは卵や乳製品などの動物性食品の一切を避けます。さらに、食のみではなく毛皮製品などの動物性の衣類や動物実験を行う商品を避けます。
このようなライフスタイルを選択している理由は、ヴィーガンと一言にいっても様々です。僕はいつも次の4つを紹介しています。
①動物の問題
動物性の食品や衣類、動物実験などによって生じる動物の苦しみを減らそうとする理由

②環境の問題
畜産業によって生じる環境問題を解決し、持続可能な社会を実現しようとする理由

③飢餓の問題
世界中の飢餓状態の人々を思い、生産に大量の穀物が必要な動物性食品を減らそうとする理由

④健康の問題
動物性食品によって生じる健康問題のリスクを考え、植物性のみの食事を取ろうとする理由

このように、ヴィーガンを実践していると言っても、それぞれに異なる理由やきっかけがあります。そもそも、ヴィーガンは1944年の11月1日にイギリスで生まれた概念で、まだ80年の歴史もないとても新しいライフスタイルです。

それにも関わらず、ここ十年ほどでヨーロッパを始め、アメリカなどの先進諸国で注目され、ヴィーガンの人口は右肩上がりで伸び続けています。

では、日本はどうかと言うと、まだまだヴィーガンを実践する人の数も、ヴィーガンを実践しやすい環境も整ってはいません。

 

ヴィーガン実践のハードル


「今日からヴィーガンやってみよう」と思っても、今の日本社会ではヴィーガンを実践するにはハードルが高いと僕は考えています。
2年前、ヴィーガンを始めてすぐは元々食べていた加工食品や料理が使えないことに気がつき、水炊きやおにぎりを1ヶ月食べ続けていました。コンビニやスーパーに行っても原材料に動物性が入っている商品がほとんどで購入できるものも減りました。最初はうまく説明することもできずに、友人にもバカにされるという始末です。

今となってはいい思い出ですが、ヴィーガンを実践しようと思えば、買い物・外食・人付き合いなど、色々な乗り越えるべきハードルがありました。

一方で、ヴィーガンの人口が多く、環境も整っている、ドイツなどの先進諸国では、このようなヴィーガンマークが一般のスーパーに並ぶ商品についていることが多いです。

それに対して、ヴィーガンを実践する環境が整っていない日本ですが、ヴィーガンを実践する人がいないわけではありません。ある調査では、日本人口の1%とも言われています。(vegewel style:日本のベジタリアン・ビーガン・ゆるベジ人口調査より)

2018年に日本各地の300名ほどのヴィーガンやベジタリアン、それに近い生活を送っている方とお会いして話しをすると、ほとんどの人が今の社会はヴィーガンとして生活するのは難しいと言っていました。

そのせいで、ヴィーガンとして生活したいと思っていても完全に実践することは難しく、断念してしまった方もいます。つまり、自分が送りたいと思う生活を選択することができないのです。

 

“Hello Vegan!”な社会へ


多くのヴィーガンやベジタリアン、それを目指す人たちと関わるようになって、このようなヴィーガンを実践しにくい社会から、誰もがヴィーガンを実践できる社会を創りたいと思うようになりました。
だから僕は、”Hello Vegan!”をコンセプトに活動しています。

“Hello Vegan!”とは、「今日からヴィーガンやってみよう」という人に、”Hello Vegan!”と笑顔で迎え入れられるような環境を創るという意味を込めて使っています。

そして、そのような社会を実現し、ヴィーガンが人々の選択肢の1つになった時、フェアトレードや環境に配慮した商品を購入するように、ヴィーガンを選択する人が少しずつ増えていくと考えています。

そうすれば、更にヴィーガンの商品や情報が増え、認知度も向上することになります。こうして、よりヴィーガンを実践しやすい環境が整い、更にヴィーガンを選択する人も増えるという好循環を生み出したいです。

本当にそんな社会になれば、人々が動物や環境、将来世代の人々を思いやる心を生活に反映でき、平和な世界に近づいていくでしょう。

だから僕は、”Hello Vegan!”な社会を目指して活動をしています。

 

日本ヴィーガンコミュニティ


頭で理想を描き、口だけで語っているだけではなく、実際に行動することで初めて社会に影響を与えることができます。僕は何より自分のできることから始めることが大切だと思っています。
最後に、僕が代表を務める「NPO法人日本ヴィーガンコミュニティ」について簡単にご紹介します。

日本ヴィーガンコミュニティは、昨年2018年11月にNPO法人化し、現在70名以上の全国各地のヴィーガンを実践する、もしくは実践しようとするメンバーによって構成されています。

これまでにない、メンバー自身が抱えるヴィーガンを実践しにくい課題を、メンバー自身で解決することでヴィーガンを実践しやすい社会を共創する、協同組合モデルのNPO法人です。

具体的な活動は、コミュニティの運営や、ヴィーガンの人にフォーカスしたウェブメディアの開発・運営、ヴィーガン版クックパッド「V-COOK」の開発・運営を行なっています。

平和な世界を実現するために、ヴィーガンを実践しやすい社会を共に創るメンバー、寄付によって活動を支援するサポーターを常時募集しています。

詳しくはNPO法人日本ヴィーガンコミュニティ公式HPよりご覧ください。

 

終わりに

今回は僕、工藤柊の目指している誰もがヴィーガンをできる“Hello Vegan!”な社会についてでした。

最後まで読んでくださった皆さんにとって参考になることや、何か少しでも行動が変わることがあれば幸いです。

では、来月もお楽しみに!


工藤柊/kudo shu

2016年、高校3年の秋にぺちゃんこの猫を見てヴィーガンに。神戸大学入学後、誰もがヴィーガンを実践できる“Hello Vegan!”な社会を目指して、大学食堂へのヴィーガンメニュー導入、ヴィーガンカフェの店長などの活動を行う。2018年大学を休学しNPO法人日本ヴィーガンコミュニティを創設。ブログやYouTubeでの情報発信も行う。

ブログ「そうは言っても工藤さん」:http://kudoshu07.com/

YouTube「ヴィーガン初心者の教科書」:https://www.youtube.com/channel/UCnyHAlvD5qmqYa4SAQ6z2bw?view_as=subscriber

ツイッター:https://twitter.com/itllbedark

日本ヴィーガンコミュニティ公式HP:https://hellovegan.jp/

スリランカに伝わるブッダの教え、幸せな心の育て方

お釈迦様の教えが純粋に受け継がれてきたスリランカの仏教。それはいつの時代もどんな人の心にも役立つ、実践的な教えです。感情に振りまわされず、真の豊かな心を持って生きていくために、私たちに必要なことは何なのか。数々の著作をもつスリランカ出身の僧侶・スマナサーラ長老のもとを訪れ、お話を伺いました。

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